Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


 BMP7314.gif 歌声のしずく BMP7314.gif


     6



海図の上でも群島のただ中に埋もれていそうな、
それはそれは小さな小さな島ではあれど。
知る人ぞ知る このお祭りだけは案外と有名なんだとか。
年に1回、初夏の満月の晩に催される、聖なる歌声の神事。
今のような港町が拓けるよりずっと前の昔から、
島に涌いてた特別な鉱泉が生み出すという、
きらきらと輝く不思議な宝珠と。
歌姫の放つ、特別な高さや響きの声とで引き起こされる、
いとも不思議な現象とを組み合わせた、
厳かながらも なかなかに華やかなその神事を中心に。
港も島自体も、ちょっとしたお祭り騒ぎに包まれるのだとかで。

 「おほー、そういや街ん中も人が増えたよなぁ。」

教会前の短い石段に腰掛けて、
すぐ前の往来を行き来する人々のにぎわいやお仕事ぶりを、
暢気そうにおでこに小手をかざしてルフィが見やる。
確かに、昨日までの閑散としていた長閑さは微妙に薄れていて、
広場に出ている屋台やドリンクスタンドも、
昨日は1つだけだったのに、
明日はぐるりと泉を囲んでの出店が予定されているものか、
数店分の屋台の骨組みの準備も始まっており。
荷車で奥向きのほうへとどんどん資材が運ばれているのは、
観客席用の少し大きめの雛段でも組むものか。
その中には“沢ガニ饅頭大食い大会”の看板も見え、

 「一気ににぎやかになったな♪」

お祭り騒ぎ大好きの船長さん、
自分の故郷のお祭りでも思い出したか。
気の逸りを押さえられないそのまんま、
えへへぇと照れているらしきさんへ、
お日様のような笑顔を向けたが、

 「あの人たちは、厳密には“お客人”じゃあないんだよ。」

ほれ おやつだよと、
大判のピザとカップドリンクとを運んで来てくれたアンダンテさんが、
くすすと微笑って付け足しのご説明。

 「何度も言うが、ここは群島の中でもとりわけ小さな島なので、
  宿屋も食べるところも限られてるんでね。」

近隣の島々からのお客は、さすがにそこも心得ていて、
今日という“宵宮”にやって来たのは、
明日の祭りに店を出す屋台の配置の割り振りに加わるついで、
様々な施設の設営のお手伝いやら、
段取りの刷り合わせをする顔触れが大半で。
もう少し遠い島から、
あるいは里帰り、あるいは観光でやって来る皆様なのを。

 「まずは周辺の島々にある自分のところの宿へ泊め、
  それから、当日、ここへと案内してくるそうでね。」

帰りも勿論、自分の地所にてワンクッション置かせて、
様々にベリーを落としてってもらうのだろうねと。
別段悪徳じゃあない、商いにはありがちなことよと、
さらり語ったアンダンテさんだったけれど。

 「……結構な商売上手だよな。」

ベリーには目がないどっかの誰かさんも顔負けかもと、
緑頭の剣豪さんは感心しきり。
そして、

 「う〜ん、何か興奮してきちゃったなぁ。」

明日の主役の…今のところは候補その一の嬢、
緊張からか、それとも武者震いか、
ううう〜〜〜っと唸りつつ、
胸の前にて両手でぐうを固めて見せており。
シャーリングの利いたサンドレスにホットパンツという、
避暑地に似合いの可愛らしい格好をしておいでだってのに。

 「おいおい、ちゃん。」
 「歌姫が力んでどうする。」
 「、頼もしいぞ♪」

合いの手を入れる取り巻きも、心なしか頼りない布陣だが、
それでも彼女が、今のところは揺るぎなくの
歌姫優勝候補だったのだった。




       ◇◇◇


聖なる泉へ向かって候補が次々に歌を捧げ、
その底に沈む宝珠が目覚ましくも輝くことで、
最も美しい声と見なされた娘がその年の歌姫。
ご褒美としての褒賞金もいただくが、それより大事なのが、
もっとも輝いた宝珠をおごそかに引き上げてから、
ようやっと段取りが始まる神事のほう。
選ばれたお嬢さんは、そのまま神官らとともに禊斎をして身を清め、
その年の宝珠を乗せることで
蓋になっている大岩戸が開くという、
不思議な仕掛けの井戸がある山の中腹の神殿までを。
歌姫自身もそれは神聖な存在となって、
青年団が肩のうえという高さにかついだ輿に乗せられ、淑々と向かう。
宝珠を使って岩戸を開き、
頭上へかかった月が煌々と照らす中でもう一度、奉納の歌を唄えば、
それまでの年ごとに収められて来た宝珠が
やはり共鳴して井戸の内にて燦然と輝くのがまた、
素晴らしく神秘的な光景となるその中で。

  岩戸の上から宝珠を持ち上げ、
  閉じてゆく中へ厳かに放ってやり。
  井戸への再びの封印が為されてのこと、
  光が徐々に薄れてゆく様に、
  観客は神秘を感じて、うっとり酔うこと請け合いなのだとか。

それは荘厳な儀式のクライマックスは、
さながら…篝火の舞台での能楽か、
神秘の存在への召喚術にもさも似たり、なのだそうで。

 「似たりって、誰か何か召喚したことがあったのかしらね。」

今宵から立ち入り禁止となるらしい神殿は午前中、
それから、歌姫が挑戦する聖なる泉とを見て回っておいでの、
随分とあか抜けた美人さんが二人いて。
それぞれの現場でも、明日の準備にだろう、
男衆が立ったり座ったり忙しそうにしていたものが、

 「お…。」
 「凄げぇ美人。」
 「かっけぇ〜vv」

いいお日和で汗だくになっての作業には突然の眼福、
陽にさらされて白く目映い泉の台座を背景に、
そりゃあ鮮やかな印象の女神二人の降臨へ、
ついつい手も目も止まりがち。
勝ち気そうでその表情も生き生きしている、
オレンジ色の髪したグラマーさんと。
ミステリアスなクールビューティ、
だがだが御々脚の美しさはどうだろうという、
全く別なタイプのお初な顔の美女二人が。
周囲からの注目も厭わずの、それはきびきびと歩き回りつつ、

 「宝珠ってあれのこと?」
 「そのようね。」

今でこそ町のにぎわいの中にあるそれだが、
当初は場末にあって放置されてでもいたものか。
素朴な作りで、その縁は岩のままらしい造作が、
そんな存在になれば却って神々しいのかも。
そんな聖なる泉とやら、
周囲で舞台や何やを築いておいでの中へと割り込み、
ひょいと水の中までを覗き込めば。
よほどに上質の水が涌いているのだろう、
透明以上、不思議な水色がかって見える泉水の中に、
卵型の小石が幾つも沈んでおり。
その表面はどれもこれもただ白っぽいが、
角度によってはキラリと光るものが見えなくもない。

 「どれがどうだか、見分けはつかないけどなぁ。」

選ばれるのは1つなんでしょう?と、
むずがるような顔をするナミなのを。
今のまんまじゃあねと、
好奇心旺盛な生徒をやんわりなだめる教師のように、
穏やかそうに頬笑んで見守るロビンが促し、
それで一応のキリもついたか、
作業現場の中から立ち去るお姉様たちだったのへ、

 「何だあれ。」

ここって一応は関係者以外立ち入り禁止だろうによと、
神秘が云々より危険だからという禁忌、
守ってなかった顔触れへ、腹立ち紛れな声を出す男衆があったのへ。
やれやれ真っ直ぐな奴よと苦笑をしつつ、

 「なに、特別にってヘルメデスさんが棟梁へ声掛けてったらしくてな。」
 「え? ヘルメデスさんが?」

純情なちゃんからすりゃあ、
酒場や歓楽街を牛耳る胡散臭いばかりな顔役だが、
大人たちには“島の有力者”でしかないようで。

 「何でも、
  遺跡や骨董品なんかを研究しとる
  学者せんせえと助手なんだと。」

 「へぇ〜、人は見かけによらねぇのな。」

あんな美人だ、それだけで十分得も出来ように、
その上へ頭もええとはなと、
鳶や大工や左官の皆様が、
天から二物を与えられた別嬪さんたちをそんな風に評してらしたが、
実はその上に“海賊”でもあるんですがね。(笑)
それはともかく、(まったくだ)
半分ほどは本当の肩書を名乗りつつ、
雇い主への意に添った企みへの資料、着々と集めておいでの女傑二人。

 『要は、大岩の蓋を自在に開けることが出来るという
  その年一番に光った宝珠が手に入ればよろしいのでしょう?』

宝珠とはいえ、ダイヤやルビーのような貴石でもなきゃ、
飛び抜けて強力な磁石でもない、単なるガラスの膜をまとった石。
その特徴はといえば、とある波長の歌声に反応して光るという性質と、
人が何人掛かってもそうそう動かぬ大岩が、
それが乗っかっただけですいすい開くらしいという反応と。
抜け目のない商売人にそういう人がいないとは言わないが、
ヘルメデスというやり手の顔役さんが、
珍しいものマニアとかコレクターでない以上、
縁起物としてしか価値のない石が
どうして欲しいのかは…自づと知れるというものならしく。

 『ならば、
  何も本物を強奪せずとも、
  ほんのちょっとだけお借りすることで、宝珠の性質を解析し、
  合鍵のようなレプリカを作ることも可能かも知れませんわ。』

 『そ、それは本当か?』

色々とカマをかけてる部分も多かりしという訊きようだったのに、
あっさりと乗せられて身を乗り出した卵の親分、もとえ、
酒場のオーナーのヘルメデス親分で。
自慢のマティニを出してくれつつ、金つぼまなこをグリグリと見開くと、

 『わしもな、何もコトを荒立てたいワケではないのだよ。』

むしろ、こっそりと運んでくれる方がいいと、
話をもっと詳しく聞かせて欲しいという素振りで注目して来たが、

 『明日、これで宝珠を生み出す仕組みを調べてみます。』

ロビンがその手へ取り出したのは、
例えるならば警邏警官が持っている警棒のような大きさ長さの、
堅そうな素材の棒と、
その半ばからはよく判らぬメーターの針が覗く
小窓が2つほどという黒っぽい機器で。

 『恐らく、特別な磁力を持つ石が、
  石英との融合で性質変化をし、
  そちらも変わった磁力を持つ大岩の蓋と
  反応し合うのだと思われますので。』

それを測定する機器だということか、
にこやかなお顔でそれをぶんぶんと振って見せてから、

 『月夜の晩だけという反応であれ、
  1年間のうち、満月の晩がどれほどあることか。』

少なくとも、年に一回、
満座の観衆が見守る中でしか開け立て出来ないという、
困った条件はなくなりますわよと。
もはや手は整ったと言いたげな余裕の笑顔で、
恐持てのする酒場の主人を、
ひょいっと丸め込んでしまった辣腕の考古学者さん。

 「で?
  合鍵とやらは作れそうなの?」

一応はそれを現場でもあちこちでかざしてたロビンではあれど、
そんな特殊な機械だなんて、
はったりだったんじゃあと見越していたナミが
悪戯っぽく笑って見せれば、

 「そうね。」

問題の、警棒とメーターが合体したよな機械を
その手へ見下ろした黒髪のお姉様、

 「長鼻くんか船医さんに、
  加工を手伝ってもらわなくっちゃならないけれど。」

 「え"?」

適当な石で誤魔化すもんだと思っていたらしいナミの思惑とも、
微妙に違った思惑があるらしい考古学者せんせえ。
うふふとあくまでも穏やかに笑ってから、

 「さんとやらのお声で、
  奇抜な形の石が選ばれなきゃあいいわね。」

それだけが心配と口にしたあたり。

 「ちょ、ロビン、あなたまさか…。」

何やらどうやら本気も本気で、
選ばれし宝珠の作用により、
さっき見て来た大岩戸を開けて見せる気ではあるらしい、
おっかない発言をなさったのでありました。





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 *実は、
  ロビンさんとかブルックさんの
  おとぼけ発言を考えるのが楽しいです。
  でも、ロビンさんは切れ者なので、
  そこが私からは遠すぎて、
  後々 叱られないかが心配です。(怖々)


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